市川市の鈴木和明氏(77)の手によって手がけられた「詳解 行徳歴史年表」が2018年発行されました。
鈴木和明氏は行徳出身で、1999年ごろから執筆活動をはじめ、行徳歴史年表でなんと26冊もの本を出版しています!
行徳の歴史が好きで調べて、執筆し、この行徳歴史年表は20年間の集大成として仕上げた傑作だそうです。
ページ数694ページにも及ぶ行徳歴史年表は非常に読み応えがありそうですね!
Contents
詳解 行徳歴史年表
「詳解 行徳歴史年表」では全文に振り仮名が付けられており、文献に行徳の文字が最初に登場したのは一三八七年と紹介。「香取文書(もんじょ)」に「きやうとくのせき(行徳の関)、合(あわせて)五ケせきの事」と記述されているとし、「この地には下総国府津が置かれていた。ということは、行徳という言葉が使われていたのはもっと以前、平安時代からだと思う」と説明する。
行徳地域の大きな出来事としては昭和期、住民が区画整理を行ったことを挙げた。古くから農民は兼業で塩作りを行っていたが、一九一七年の台風による大津波で塩田が壊滅状態に。二九年には製塩が禁止されたことなどから、一帯は「行徳水郷」と呼ばれる水田地帯へと変わった。
しかし、高度経済成長期には地下水のくみ上げが地盤沈下を招き、農民たちは区画整理を行うと決断。一部の土地を学校など公共用地に提供した。鈴木さんはこうした歴史も著書にまとめ、「代々の土地を子や孫の教育のためなどに提供した。先祖たちは立派だった」と振り返る。
引用>>東京新聞
現代の行徳のことしか知らない私にとっては非常に興味のあることのように感じました。行徳が昔、塩田であったことは良く聞きますが、なぜ塩田がなくなったのか?までは正直知りませんでした。
台風のよって塩田が壊滅状態になって、その後、水田地帯となり、地盤沈下などによって、区画整理に踏み切った歴史があるのですね。
行徳といえば、のりや塩などの生産や神輿、さらにはお寺や神社の多い寺町であることも関係して、非常に歴史としては面白いエリアです。
また、鈴木和明氏の行徳がこうあってほしいと思うことも、この行徳歴史年表には記載されているとのことです。
行徳で生まれ育ち、長年行徳を見てきて、さらには行徳を調べ尽くした鈴木和明氏の熱い言葉が込められているのでしょう。
これは一度手にとって読んで見る価値がありそうな一冊ですね。
著者:鈴木和明氏について
鈴木和明氏は行徳生まれで司法書士事務所を経営されていました。
その後、農家の跡取りとして生まれ、当時の暮らしをまとめたいとの思いから、「おばばと一郎」という本を出版されています。
趣味は読書、郷土史研究はもちろんのこと、釣りや将棋初段と多彩な趣味の持ち主です。釣りはハゼ釣りやヘラブナ釣りが得意で、自身のホームページでも釣果報告をされています。
得意の釣りの本も出版されているようですね!