紫烟草舎の正面玄関口からの写真




北原白秋といえば、日本の有名な詩人のひとりです。

この北原白秋は、市川市真間の亀井院で暮らしており、その後江戸川の反対側(今の江戸川区小岩)に移り住みました。

この紫烟草舎(しえんそうしゃ)とはその時の離れで、この紫烟草舎で数々の作品が生み出されたとされています。

そんな小岩にあった紫烟草舎が今では、市川市の里見公園に存在しているのです。

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紫烟草舎の場所とアクセスなど!


(紫烟草舎のマップ)

名称 紫烟草舎
場所 里見公園内
住所 市川市国府台3丁目9−1
アクセス
JR市川駅または京成国府台駅からバス「松戸駅行き」または「松戸営業所行き」で「国府台病院」下車 徒歩5分

紫烟草舎の外観!

紫烟草舎(しえんそうしゃ)の正面の写真

(紫烟草舎の正面)

紫烟草舎の正面玄関口からの写真

(紫烟草舎の玄関)

里見公園の噴水広場の前、管理棟の隣あたりに、紫烟草舎は存在しています。

紫烟草舎の庭側からの写真

(紫烟草舎の庭側から)

紫烟草舎の裏手からの写真

(紫烟草舎の西側から)

くるっと一周回って見ると、非常に趣のある、風情ある建物です。この建物の中で北原白秋は詩を詠んでいたのですね。

紫烟草舎の現地案内文

(現地案内文)

現地案内文より
「からたちの花」「砂山」などの作詩で親しまれている詩人・北原白秋(明治十八年~昭和十七年)は、大正五年の夏から約一年間、当時小岩にあったこの離れにおいて、すぐれた作品の創作を続けた。
白秋自身、紫烟草舎と名づけたこの建物はその後、江戸川の改修工事のためにとりこわされ、解体されたままになっていた。
たまたま、本建物の所有者、本市在住の湯浅伝之焏氏の厚意ある提供を受けた市川市は、白秋をしのぶようすとして、家の間どり、木材などすべて当時のままに、この里見の地に復元した。
復元の地を、ここにもとめたのは、小岩に移り住む前、白秋が真間の亀井院に住んでいたこと、小岩に移ってからも対岸の江戸川堤から眺めるこの里見の風景や万葉の昔よりゆかりの深い葛飾の野を、こよなく愛していたことによる。

 

これが、現在、里見公園に紫烟草舎がある理由なんですね。

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紫烟草舎の室内!

里見公園の非常に有名な桜まつりの開催期間中は紫烟草舎の中の一般公開が行われており、中を拝見させていただきました。

紫烟草舎の玄関

(紫烟草舎の玄関)

紫烟草舎の室内

(紫烟草舎の室内)

紫烟草舎の天井

(紫烟草舎の天井)

紫烟草舎の中に入ると、里見公園の地の歴史や市川市の歴史が学べるよう展示品が展示されてありました。

紫烟草舎の室内から玄関側

(紫烟草舎の室内から玄関側)

紫烟草舎の室内

(紫烟草舎の室内)

紫烟草舎の室内の様子

(紫烟草舎の室内)

これらの家の間取りや使用されている木材は当時のままとのことで、この雰囲気の中で数々の名作を北原白秋は作られていたのですね。

中を見ていると、なんとも感慨深い気持ちにさせられます。

紫烟草舎の縁側

(紫烟草舎の縁側)

(紫烟草舎の縁側)

現在ではあまり、見られなくなってしまった縁側も紫烟草舎にはありました。

北原白秋の実際に使用していたものと作品!

北原白秋の使用していた机

(北原白秋が使用していたテーブル)

この赤いテーブルが、実際に北原白秋が使用していたテーブルだそうです。当然ながら、かなり年季が入っています!

北原白秋が実際に使用していた花瓶

(紫烟草舎に実際にあった花瓶)

こちらの花瓶も紫烟草舎に実際に残されていたものだそうです。これらのテーブルと花瓶は歴史博物館に保管されているものだそうですね。

北原白秋の作品「童心」

(童心)

北原白秋の邪宗門

(邪宗門)

北原白秋の作品「童心」や処女作「邪宗門」なども展示されており、非常に興味深いものが並んでありました。

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紫烟草舎の歌碑!

紫烟草舎脇の歌碑と説明文

(歌碑と説明文)

紫烟草舎の脇には、歌碑(写真左下)と歌に関しての説明文が立てられています。

華やかに さびしき秋や 千町田の
ほなみがすゑを 群雀立つ
白秋
現地解説文より
広大無辺な田園には、黄金色の穂がたわわに実りさわさわと風にそよいで一斉に波うっている。その穂波にそってはるか彼方に何千羽とも数知れない雀の群れがパーッと飛び立つ。
この豪華絢爛たる秋景のうちには底無き閑寂さがある。むら雀の喧騒のうちにも限りない静けさがある。
逆に幽遠な根源が眼前にはたらき形のない寂静が華麗な穂波や千羽雀となって動いている。
大正五年晩秋、紫烟草舎畔の「夕照」のもとに現成した妙景である。体露金風万物とは一体である。
父、白秋はこの観照をさらに深め、短歌での最も的確な表現を期し赤貧に耐え、以降数年間の精進ののち、詩文「雀の生活」その他での思索と観察を経て、ようやくその制作を大正十年八月刊行の歌集「雀の卵」で実現した。
その「葛飾閑吟集」中の一首で手蹟は昭和十二年十二月月刊の限定百部出版「雀百首」巻頭の父の自筆である。
一九七〇年 佛誕の日   北原 隆太郎

紫烟草舎に行った際には、是非チェックしておきたいポイントですね。

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